電子の比電荷の実験は、電子線を電場によって加速し、磁場中で円運動させることで、電子の電荷の大きさと質量の比 e/m を求める実験です。
電子は加速電圧によって運動エネルギーを得ます。その後、電子の進行方向に垂直な磁場を加えると、電子にはローレンツ力が働き、電子線は円軌道を描きます。
電子の軌道半径、加速電圧、磁束密度を測定し、力学的エネルギーと円運動の関係を組み合わせることで、電子の比電荷を計算できます。
この記事では、電子線管とヘルムホルツコイルを用いる代表的な実験を想定し、導入、注意書き、結果項目、参考実験値、計算、誤差原因、結果文、考察例の順にまとめます。
注意:
この記事は、学校や大学などの物理実験で得られた結果を考察するための学習用参考資料です。掲載している条件と測定値は説明用の例であり、実際の測定結果ではありません。
電子線管には高電圧を使用する装置があります。通電中に端子、配線、電極へ触れないでください。ヘルムホルツコイルには大きな電流が流れて発熱する場合があるため、定格電流を超えず、長時間連続で通電しないようにします。配線変更前には必ず電源を切り、実際の操作は所属学校の実験書、担当教員、TAの指示に従ってください。
電子の比電荷とは
電子の比電荷とは、電子の電荷の大きさ e を電子の質量 m で割った値です。
e/m
電荷と質量を個別に測定するのではなく、その比を測定することから「比電荷」と呼ばれます。
電子の比電荷の accepted value は、およそ次の値です。
e/m ≈ 1.76 × 1011 C/kg
測定原理
電子の加速
電荷の大きさ e をもつ電子が加速電圧 V によって静止状態から加速されると、得られる運動エネルギーは次のように表されます。
eV = (1/2)mv2
ここで、v は電子の速さです。
磁場中の円運動
電子の進行方向と垂直な磁束密度 B の磁場を加えると、電子にはローレンツ力が働きます。
F = evB
このローレンツ力が円運動の向心力になるため、次の関係が成立します。
evB = mv2/r
ここで、r は電子線の円軌道半径です。
比電荷の式
加速によるエネルギーの式と円運動の式から電子の速さを消去すると、次の式が得られます。
e/m = 2V/(B2r2)
したがって、加速電圧、磁束密度、円軌道半径を測定すれば、電子の比電荷を求められます。
ヘルムホルツコイルの磁束密度
半径 R、巻数 N の同一コイル2個を、コイル半径と同じ間隔で配置したものをヘルムホルツコイルといいます。
コイル中心付近の磁束密度は、次の式で表されます。
B = (4/5)3/2 μ0NI/R
ここで、I はコイル電流、μ0 は真空の透磁率です。
μ0 = 4π × 10−7 H/m
装置によっては、コイル定数 k を用いて次のように表す場合もあります。
B = kI
結果に記録する主な項目
- 電子線管の種類
- 加速電圧
- ヘルムホルツコイルの巻数
- ヘルムホルツコイルの半径
- コイル間隔
- コイル電流
- コイル定数
- 磁束密度
- 電子線円軌道の直径
- 電子線円軌道の半径
- 電子線の太さ
- 各条件から求めた電子の比電荷
- 比電荷の平均値
- 標準偏差またはばらつき
- accepted value に対する相対誤差
- 加速電圧を変えた場合の軌道半径
- コイル電流を変えた場合の軌道半径
- 地磁気や周辺磁場の影響
参考実験条件
| 項目 | 参考条件 |
|---|---|
| 加速電圧V | 150~250 V |
| コイル巻数N | 130回 |
| コイル半径R | 0.150 m |
| コイル間隔 | 0.150 m |
| コイル電流I | 1.00~1.60 A |
| コイル定数k | 7.79 × 10−4 T/A |
| 円軌道半径r | 約0.040~0.060 m |
| 測定環境 | 室温・周辺磁性体を離して測定 |
参考実験値
加速電圧200 Vでコイル電流を変えた場合
| コイル電流I(A) | 磁束密度B(mT) | 軌道直径(cm) | 軌道半径r(m) | 比電荷e/m(×1011 C/kg) |
|---|---|---|---|---|
| 1.00 | 0.779 | 12.2 | 0.0610 | 1.77 |
| 1.10 | 0.857 | 11.1 | 0.0555 | 1.77 |
| 1.20 | 0.935 | 10.2 | 0.0510 | 1.76 |
| 1.30 | 1.013 | 9.50 | 0.0475 | 1.73 |
| 1.40 | 1.091 | 8.80 | 0.0440 | 1.74 |
| 1.50 | 1.169 | 8.20 | 0.0410 | 1.76 |
コイル電流1.20 Aで加速電圧を変えた場合
| 加速電圧V(V) | 磁束密度B(mT) | 軌道直径(cm) | 軌道半径r(m) | 比電荷e/m(×1011 C/kg) |
|---|---|---|---|---|
| 150 | 0.935 | 8.90 | 0.0445 | 1.73 |
| 175 | 0.935 | 9.50 | 0.0475 | 1.74 |
| 200 | 0.935 | 10.2 | 0.0510 | 1.76 |
| 225 | 0.935 | 10.8 | 0.0540 | 1.76 |
| 250 | 0.935 | 11.4 | 0.0570 | 1.76 |
繰り返し測定の参考値
加速電圧200 V、コイル電流1.20 Aにおける繰り返し測定例です。
| 測定回 | 軌道半径r(m) | 比電荷e/m(×1011 C/kg) |
|---|---|---|
| 1 | 0.0508 | 1.78 |
| 2 | 0.0511 | 1.75 |
| 3 | 0.0510 | 1.76 |
| 4 | 0.0509 | 1.77 |
| 5 | 0.0512 | 1.74 |
| 平均 | 0.0510 | 1.76 |
計算方法
ヘルムホルツコイルの磁束密度を求める
巻数130回、コイル半径0.150 m、コイル電流1.20 Aの場合を考えます。
B = (4/5)3/2 μ0NI/R
= (4/5)3/2 × (4π × 10−7) × 130 × 1.20 / 0.150
≈ 9.35 × 10−4 T
= 0.935 mT
コイル定数から磁束密度を求める
コイル定数が7.79 × 10−4 T/A、コイル電流が1.20 Aの場合は、次のようになります。
B = kI
= 7.79 × 10−4 × 1.20
= 9.35 × 10−4 T
軌道直径から半径を求める
電子線の円軌道直径が10.2 cmの場合は、次のようになります。
r = 10.2/2
= 5.10 cm
= 5.10 × 10−2 m
電子の比電荷を求める
加速電圧200 V、磁束密度9.35 × 10−4 T、軌道半径5.10 × 10−2 mの場合は、次のようになります。
e/m = 2V/(B2r2)
= 2 × 200 / {(9.35 × 10−4)2(5.10 × 10−2)2}
≈ 1.76 × 1011 C/kg
電子の速さを求める
accepted value の比電荷を用いると、電子の速さは次のように求められます。
v = √{2(e/m)V}
= √{2 × 1.76 × 1011 × 200}
≈ 8.39 × 106 m/s
相対誤差を求める
実験値1.72 × 1011 C/kg、accepted value 1.76 × 1011 C/kgの場合は、次のようになります。
相対誤差(%) = |実験値 − accepted value| / accepted value × 100
= |1.72 − 1.76|/1.76 × 100
= 2.27%
グラフを用いた求め方
比電荷の式を変形すると、次のようになります。
V = (e/2m)B2r2
軌道半径を一定に保ち、横軸を B2、縦軸を V とすると、グラフの傾き a は次のようになります。
a = (e/2m)r2
e/m = 2a/r2
また、加速電圧を一定とすると、軌道半径は磁束密度に反比例します。
r ∝ 1/B
磁束密度がコイル電流に比例する場合は、次の関係になります。
r ∝ 1/I
主な誤差原因
| 誤差原因 | 測定への影響 | 結果に現れやすい傾向 | 改善方法 |
|---|---|---|---|
| 電子線の太さ | 円軌道の中心位置を決めにくい | 半径の読み取り値がばらつく | 内縁と外縁の平均を取る |
| 視差 | 目盛と電子線の位置がずれて見える | 軌道半径を過大または過小評価する | 目盛に対して正面から読む |
| 軌道が完全な円でない | 半径を一意に決められない | 位置によって直径が異なる | 上下左右の直径を測定して平均する |
| 電子線管の位置ずれ | 電子線がコイル中心から外れる | 一様でない磁場を受ける | 管をコイル中心へ正確に配置する |
| コイル間隔のずれ | ヘルムホルツ条件が崩れる | 中心付近の磁場の一様性が低下する | コイル間隔を半径と一致させる |
| コイル半径の測定誤差 | 磁束密度の計算値がずれる | 比電荷に系統誤差が生じる | 有効半径を複数箇所で測定する |
| 巻数の誤認 | 磁束密度が誤って計算される | 比電荷が大きくずれる | 装置仕様を確認する |
| コイル電流計の誤差 | 磁束密度の計算へ直接影響する | Bの二乗を使うため影響が大きい | 校正済み電流計を使用する |
| 加速電圧計の誤差 | 電子の運動エネルギーを誤って見積もる | 比電荷が電圧誤差に比例してずれる | 実際の端子電圧を測定する |
| 電源電圧の変動 | 電子速度と軌道半径が変化する | 電子線が揺れる | 安定化電源を使用する |
| コイルの発熱 | 巻線抵抗が増えて電流が変化する | 時間とともに軌道半径が変わる | 短時間で測定し、電流を監視する |
| 地磁気 | コイル磁場へ外部磁場が加わる | 磁場方向によって半径が異なる | 装置方向を調整し、反転測定する |
| 周辺の磁性体 | 磁場分布が乱れる | 円軌道がゆがむ | 鉄製品や磁石を装置から離す |
| 電子の初速度 | 静止状態から加速する仮定が厳密でない | 低加速電圧で影響が相対的に大きい | 十分な加速電圧を用いる |
| 接触電位差 | 実効加速電圧が表示値と異なる | 低電圧側で比電荷がずれる | 補正電圧を考慮する |
| 電子と気体分子の衝突 | 電子のエネルギーが失われる | 軌道がぼやける、暗くなる | 適切な管電圧と装置条件を用いる |
磁場を強くすると軌道半径が小さくなる理由
磁場が強いほど電子に働くローレンツ力が大きくなります。電子の速さが一定なら、より大きな向心力が働くため、電子は半径の小さい円軌道を描きます。
加速電圧を高くすると軌道半径が大きくなる理由
加速電圧を高くすると電子の運動エネルギーと速さが増加します。同じ磁場では速い電子ほど軌道を曲げにくくなるため、円軌道の半径が大きくなります。
ヘルムホルツコイルを用いる理由
単一コイルでは、コイル中心から少し離れるだけで磁束密度が変化します。ヘルムホルツコイルでは、2個の同一コイルを適切な間隔で配置することで、中心付近に比較的一様な磁場を作れます。
電子線が円軌道上の異なる位置でほぼ同じ磁場を受けるため、理論式を適用しやすくなります。
軌道半径の誤差が大きく影響する理由
比電荷の式では、軌道半径が二乗で分母に含まれます。そのため、半径の相対誤差は比電荷へおよそ2倍の割合で影響します。
例えば半径を1%大きく読み取ると、他の値が同じ場合、比電荷はおよそ2%小さく計算されます。
結果の書き方の例
電子線管をヘルムホルツコイルの中心へ配置し、加速電圧200 V、コイル電流1.20 Aの条件で電子線の円軌道を観察した。
コイル定数7.79 × 10−4 T/Aから求めた磁束密度は9.35 × 10−4 Tであった。電子線の軌道直径は10.2 cmであり、半径は5.10 × 10−2 mであった。
これらの値を e/m = 2V/(B2r2) に代入した結果、電子の比電荷は1.76 × 1011 C/kgとなった。
考察につなげるポイント
- 電子線は磁場中で円軌道を描いたか。
- コイル電流を大きくすると軌道半径は小さくなったか。
- 加速電圧を大きくすると軌道半径は大きくなったか。
- 軌道半径は磁束密度に反比例したか。
- 軌道半径の二乗は加速電圧に比例したか。
- 求めた比電荷はaccepted valueに近かったか。
- 軌道半径の読み取り誤差は結果へどの程度影響したか。
- 電子線の太さや視差は無視できたか。
- 磁場は十分一様であったか。
- 地磁気や周辺磁性体の影響はなかったか。
- コイルの発熱による電流変化はなかったか。
- 加速電圧の表示値と実効値は一致していたか。
考察例
本実験では、電子線を加速電圧によって加速し、ヘルムホルツコイルが作る磁場中で円運動させることにより、電子の比電荷を求めた。
電子は加速電圧によって運動エネルギーを得るため、eV = (1/2)mv2が成立する。また、磁場中では電子にローレンツ力 evB が働き、これが円運動の向心力 mv2/r となる。
これら2つの式から電子の速さを消去すると、e/m = 2V/(B2r2) が得られる。したがって、加速電圧、磁束密度、軌道半径を測定することで電子の比電荷を求められる。
加速電圧200 V、コイル電流1.20 Aの条件では、磁束密度は9.35 × 10−4 T、電子線の軌道半径は5.10 × 10−2 mであった。これらの値から求めた比電荷は1.76 × 1011 C/kgとなり、accepted valueとよく一致した。
コイル電流を増加させると、電子線の軌道半径は小さくなった。ヘルムホルツコイルの磁束密度はコイル電流に比例し、磁場が強くなるほど電子に働くローレンツ力が大きくなるためである。
加速電圧を増加させると、電子線の軌道半径は大きくなった。加速電圧が高いほど電子の速さが大きくなり、同じ磁場では電子の進行方向を曲げるためにより大きな半径が必要になるためである。
実験値とaccepted valueの差が生じた主な原因として、電子線の軌道半径の読み取り誤差が考えられる。電子線には一定の太さがあり、円軌道の中心線を正確に決めることが難しい。
比電荷の式では軌道半径が二乗で含まれるため、半径の小さな読み取り誤差でも計算結果へ大きく影響する。例えば半径を実際より大きく読むと、比電荷は実際より小さく計算される。
また、目盛を斜め方向から読むと視差が生じ、軌道直径を過大または過小に読み取る可能性がある。これを防ぐには、目盛と電子線に対して正面から観察し、電子線の内縁と外縁の平均位置を用いることが有効である。
ヘルムホルツコイルの中心付近では比較的一様な磁場が得られるが、電子線管の位置が中心からずれると、電子が受ける磁束密度が計算値と異なる可能性がある。その場合、電子線の軌道が完全な円にならず、場所によって曲率が異なる。
さらに、地磁気や周辺の鉄製品による外部磁場も、コイルが作る磁場へ加わる。コイル磁場が1 mT程度の場合、地磁気は完全には無視できないため、装置の向きを変えた測定や磁場反転による確認が有効である。
コイルへ長時間電流を流すと、巻線が発熱して抵抗が増加する。電源が完全な定電流でない場合はコイル電流が低下し、磁束密度が測定中に変化する可能性がある。
加速電圧についても、電源の表示値と電子が実際に受ける電位差が完全に一致するとは限らない。電極間の接触電位差や電源の内部抵抗がある場合、実効加速電圧が表示値からずれる可能性がある。
電子線は管内の低圧気体を励起することで目に見える軌跡を作るが、電子と気体分子との衝突によって一部の運動エネルギーが失われる。この影響も、理想的な真空中の円運動からのずれにつながる。
測定精度を高めるには、円軌道の直径を複数方向で読み取って平均すること、複数の加速電圧とコイル電流で測定すること、各条件から求めた比電荷を平均することが有効である。
以上より、電子線の軌道半径が磁束密度の増加によって小さくなり、加速電圧の増加によって大きくなることを確認できた。また、測定した加速電圧、磁束密度、軌道半径から、電子の比電荷をおよそ1.76 × 1011 C/kgと求めることができた。
比電荷がaccepted valueより小さかった場合の考察例
比電荷がaccepted valueより小さくなった原因として、軌道半径を実際より大きく読み取ったこと、磁束密度を実際より大きく見積もったこと、加速電圧の実効値が表示値より小さかったことなどが考えられる。特に半径と磁束密度は二乗で計算へ入るため、小さな測定誤差でも結果へ大きく影響する。
比電荷がaccepted valueより大きかった場合の考察例
比電荷がaccepted valueより大きくなった原因として、軌道半径を実際より小さく読み取ったこと、磁束密度を実際より小さく見積もったこと、地磁気がコイル磁場と逆向きに作用していたことなどが考えられる。
電子線が円にならなかった場合の考察例
電子線が完全な円軌道にならなかった原因として、電子線管がヘルムホルツコイルの中心からずれていたこと、電子の速度方向と磁場方向が完全に垂直でなかったこと、周辺磁性体によって磁場が乱れていたことなどが考えられる。
測定ごとのばらつきが大きかった場合の考察例
測定値のばらつきが大きかった原因として、電子線の太さと視差によって軌道直径の判断が一定しなかったこと、加速電圧またはコイル電流が変動したこと、コイルの発熱によって磁束密度が変化したことなどが考えられる。複数回測定して平均し、電流と電圧を各測定時に記録する必要がある。
まとめ
電子の比電荷の実験では、加速された電子を磁場中で円運動させ、加速電圧、磁束密度、軌道半径から e/m を求めます。
磁場を強くすると軌道半径は小さくなり、加速電圧を高くすると軌道半径は大きくなります。理想的な条件では、電子の比電荷はおよそ1.76 × 1011 C/kgとなります。
考察では、ローレンツ力、円運動、加速エネルギー、ヘルムホルツコイルの磁場、軌道半径の読み取り、視差、地磁気、コイルの発熱などを関連づけて説明することが重要です。
