アロマテラピーの歴史のポイント

 公益社団法人日本アロマ環境協会(にほんアロマかんきょうきょうかい、Aroma Environment Association of Japan、AEAJ)が行うアロマテラピーの検定です。 このページはりすさんが作成した試験問題アプリ、りすさんシリーズの紹介と試験に出題された項目をまとめたページです。

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目次
精油の基礎知識(1級,2級)

精油のプロフィール(1級,2級)

アロマテラピー利用法(1級,2級)

アロマテラピーの歴史(1級,2級)

アロマテラピーと地球環境(1級,2級)

アロマテラピーのメカニズム(1級)

アロマテラピーと健康(1級)

アロマテラピーに関する法律(1級)

アロマテラピー検定の本(1級,2級)

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アロマテラピーの歴史

古代〜アロマテラピーの源流〜

古代エジプト
 古代エジプトでは、香りは神に捧げる神聖なものでした。神殿では魂が天国に導かれることを願い、香煙がたかれていました。当時使用されていた香料は乳香や没薬などの樹脂で、薫香として用いられていました。
 ミイラ作りの時に、遺体に詰め物として植物や香料が用いられ、防腐や殺菌に役立っていました。

古代ギリシャ
 医学者のヒポクラテスは病気を科学的にとらえ、現代にも通じる医学の基礎を築き、「医学の父」と呼ばれています。彼の治療薬には、芳香植物が含まれており、生のまま、あるいは乾燥させて燻蒸するという治療法も行っていました。

 「植物学の祖」と呼ばれる哲学者テオフラストスは植物を科学的に分類し、著書「植物誌」に500種類に及ぶ植物をまとめています。

古代ローマ
 ギリシャ人医学者ディオスコリデスは軍医として働き、得た知識を「マテリア・メディカ(薬物誌)」にまとめました。これには約600種類の植物の生育地、効能、薬としての調合方法が記されており、その後、植物薬学の古典として、利用されました。後世には、写本によって受け継がれ、最も古い写本に「ウィーン写本」というものがあります。
 植物学者プリニウスは、全37巻にわたる「博物誌」を著しています。
 医学者ガレノスは、コールドクリームをはじめとする、植物や自然素材を用いた「ガレノス製剤」で有名。

古代中国
 漢の時代(2〜3世紀)にまとめられ、西洋の「マテリア・メディカ」と並ぶ東洋の薬草学書が「神農本草経」です。これは5世紀末に陶弘景によって、「神農本草経集注」として再編、現代に伝えられ中医学として確立していきました。 

古代インド
 約3000年以上に前に、アーユルベーダという伝統療法が誕生したといわれています。
 アーユルベーダは伝統医療法であるが、宇宙観、自然観も含む哲学でもあり、現在でも受け継がれています。

中世〜香料、植物療法の発達〜

中世アラビア・イスラム世界
 古代ギリシャのヒポクラテスや古代ローマのガレノスの著書がアラビア語に翻訳され、ギリシャ医学を元にしたユナニ医学が発展しました。また、8世紀から12世紀にかけて、アルコールの発明、アラビア式蒸留法の確立などがありました。

 イスラム帝国時代に医師であり、哲学者でもあるイブン・シーナは芳香蒸留水を治療に用い、彼の著書である「医学典範(カノン)」は17世紀頃まで医科大学の教科書として使われた。

中世ヨーロッパ
 中世ヨーロッパでは、修道院で薬草を栽培して治療に用いられ、「僧院医学(修道院医学)」が発展しました。1096年から約200年間行われた十字軍の遠征もあり、イスラム世界の知識や学問がヨーロッパに伝わり医学校が開設されるようにもなりました。
 中世ドイツの修道女ヒルデガルトは、ハーブを活用した治療法に関する著書を残し、最初にラベンダーの効能を紹介したといわれています。
 中世ヨーロッパでは、ペスト(黒死病)の流行がありましたが、魔除けのためにポマンダー(オレンジの果実にクローブをさしたもの)が行われ、現在も手作りで楽しまれています。

近世ヨーロッパ
 ルネサンス期のヨーロッパでは印刷術が発展して薬用植物に関する書物も盛んになり、香料への関心も高まっていきました。
 また、食生活に欠かせないスパイスなどの交易のため、新たな交易ルートを開拓しようと、大航海時代が始まり羅針盤の技術が伝わったことで、遠洋航海も可能になりました。これにより、アメリカ大陸、アフリカ大陸からバニラやチリ、カカオなどの新しい植物が持ち込まれました。

近世イギリス
 ルネサンスの影響は医学にも及び、薬用植物の普及に伴って、「ハーバリスト」と呼ばれる人々が登場しました。「The Herball(本草書)」を著したジョン・ジェラード、ジョン・パーキンソンが代表的な人々です。またニコラスカルペッパーは薬草と占星術、惑星との関わりを論じました。

近世ヨーロッパ
 ヨーロッパでは16世紀頃から香料として精油が製造され始め、治療薬としても使われていました。ヨーロッパの香料産業は手袋の製造業から始まり、南フランスのグラース地方でも香りつきの手袋が作られ、グラースは「香水の都」として香料産業の中心地になりました。

近世ドイツ
 「オー・デ・コロン」という言葉は「ケルンの水」に由来し、これはイタリア人のジョバンニ、パオロ・フェミニスがドイツで売りだした芳香水です。この水はアルコールとベルガモットを中心とした精油で処方され、ジョバンニ・マリア・ファリーナが製造を受け継いでいます。のちにナポレオンも、この水を愛用しています。

近代植物学の始まり
 現在、植物の学名には属名と種小名の「二名法」が用いられていますが、この分類体系の基本を作ったのが、カール・フォン・リンネです。
 大航海時代以降は、航海に植物学者が同行し、「プラントハンター」として、未知の植物を紹介するようになります。有名な人物として、ジョセフ・バンクスがいます。

近代化学工業の発展
 19世紀には、薬用植物から有効成分が分離精製されるようになり、石油や石炭といった鉱物原料から化学工業的に作り出せるようになり合成香料が登場しました。20世紀には抗生物質も登場する一方、心身症や生活習慣病といった新しい疫病も急増しました。

現代〜アロマテラピーの登場と普及〜

アロマテラピーの誕生

 ガットフォセは実験中の火傷の治療に、ラベンダー精油を使用したことで、精油の治療効果に目覚め、その研究成果を「Aromatherapie」という著書にまとめました。「アロマテラピー」という言葉は、フランス人化学者ルネ・モーリス・ガットフォセが造語したものです。

アロマテラピーの実践

アロマテラピーは、精油のもつ薬理作用(殺菌、消炎)の研究から始まり、フランスの軍医ジャン・バルネは「AROMATHERAPIE(植物=芳香療法)」にまとめました。

ホリスティック・アロマテラピーの基礎を築いたマルグリット・モーリー

 1960年代に、フランス人のマルグリット・モーリーは精油を使った心身の美容と健康法という考え方をアロマテラピーに取り入れ、精油を植物油で希釈したトリートメントオイルでのマッサージを提案しました。
 1961年に出版された「La capital ‘Jeunesse(最も大切なもの・・・若さ)」はのちに英訳され、マルグリットの研究成果はのちにホリスティック・アロマテラピーと呼ばれます。

アロマテラピースクールの開設

 1960年代から1980年代にかけて、シャーリー・プライス、ロバート・ティスランドたちはアロマテラピースクールを開設し、多くの専門家を育て、アロマテラピーの多彩な展開と大衆化を実現しました。

日本でのアロマテラピー

 日本では、東邦大学名誉教授の鳥居鎮夫が、随伴性陰性変動(CNV)よ呼ばれる特殊な脳波を用いて、ラベンダーやジャスミンの香りの鎮静・興奮作用を実証しました。

におい分野の研究

 2004年のノーベル医学賞は、「嗅覚システムの組織とにおいの受容体」で、人々が「におい」を識別して記憶することを研究したものです。

日本〜香りと共存〜

飛鳥時代
 「日本書紀」に淡路島へ香木が漂着したと記されています。

平安時代

 「空薫物」と呼ばれるお香をたく生活、「薫物合」といった。調合した香薬の優劣を品評する遊びが流行しました。

室町時代

 日本には、三条西実隆が興した「御家流」と志野宗信が開祖である「志野流」という2つの香道があり、室町時代に成立しています。 香道では香木をたいて楽しむ聞香というものがあります。

日本における香料産業の始まり

 明治時代初頭には、北海道の北見市を中心にハッカ(薄荷)が栽培され、昭和12年にはラベンダーの種をフランスから入手し、北海道の富良野地方に品種改良や栽培研究が集約されています。

日本アロマテラピー協会(現AEAJ)の設立

 1996年に日本アロマテテラピー協会(AAJ)設立

 2005年に「社団法人 日本アロマ環境協会(AEAJ)設立

 2012年には「公益社団法人 日本アロマ環境協会(AEAJ)と名称を変更し、事業を継承しています。

目次
精油の基礎知識(1級,2級)

精油のプロフィール(1級,2級)

アロマテラピー利用法(1級,2級)

アロマテラピーの歴史(1級,2級)

アロマテラピーと地球環境(1級,2級)

アロマテラピーのメカニズム(1級)

アロマテラピーと健康(1級)

アロマテラピーに関する法律(1級)

アロマテラピー検定の本(1級,2級)

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